2020年10月20日星期二

卒業

高校卒業のときそれまでの人生(?)の自伝的の何かを書いた。高校卒業からもう11年が経ったからそれからの何かも書かなきゃなと思って。まぁ別に書かなくてもいいか。前回のタイトルが「Xggの18年」だったから、今回は何にしようかな

「キモオタに私はなる、なった」っていいかな

大学から書くべきだが、大学のことが書きたくないというか、書けないというか、どういう風に書けばいいかわからないというか、とりあえず置いとく

よくわからん四年間を過ぎてその後は大学院に行くか、留学しに行くか、そのまま就職するかを考える余裕もなく卒論に追い詰めた気がする。卒業を全身全霊で頑張ったというかそういうものではなく、単純に、何というか、勉強に飽きたけど、心の奥に卒業しないといけないというものが無理矢理私のお尻を押してギリギリ合格線を突破したようなものだった

もしかして卒業できないかもの不安とよっしゃ卒業できたの喜びと元彼女に振られた余韻で当時はそうね、こんな感じだった



100KGくらいはあるだろう。

卒業終わってまだ2が月あったかな、一応TOFELの試験参加して元彼女が交換留学してた東工大の修士出願したけど。TOFELは70何点でオンライン面接は特に準備してなくて、そのときアイドルの動画の字幕作ってたから、「これをコーパスにして自然言語処理やら機械学習やらでやったら面白くない」というのりで面接参加したら藤井先生(本名出すな)にいきなり「What's new?」って聞かれて無事死亡。

これは大学生活がおわりニート生活が始まった。もう研究とか無理かな、就職と考えたけど自分が博士になりたかった父が「折角だからカナダやアメリカに留学しに行こう」と言われたが、あそこの食べものが嫌いから留学するなら日本しか行きたくない3が月くらいのニート生活を経て日本にきた

親と一緒にいるニート生活より嫌な生活はない

毎日医学部の博士課程に進学した高校の同級生の大学の図書館に引きこもった。彼の授業終わったら一緒に水泳とかPCゲームとかしていた。死んだらお前の専用遺体でもなるかと言っていたが、なかなか死なないし、死んだら遺体をなんの手続きをしたら彼の病院に行けるんだろうな。

风暴要火

もう結婚が諦めたと言った彼もついこの前結婚できた。めでたしめでたし


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